258 >> March 2005

これはこうふくなおうじょと、いちわのつばめのおはなし。

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ある町のひろばのまんなかの、たかいとうのてっぺんに
うつくしい、こうふくなおうじょの像がたっていました。
おうじょのからだはかがやく金ぱくでおおわれ、
そのひとみにはよにもめずしい宝石がはまっていました。

それは秋もふかまったまんげつの夜、エジプトへむかう旅のとちゅうの、
いちわのつばめがおうじょのあしもとにとまりました。

「まぁ、なんてすばらしいながめだろう。おおきな町をぜんぶみわたせる。」

ひとやすみしているつばめのあたまのうえに
ポツン、ポツンとおおきなすいてきがおちてきました。

「おや、なんだろう。あめかしら。」

つばめがそらをみあげると、それはあめではありませんでした。
おうじょのりょうめには、なみだがいっぱいにあふれていて、
金いろのほほをつたってきらきらとおちてくるのでした。

つばめはびっくりしてたずねました。

「おうじょさま、あなたはなぜないているのですか?」

おうじょはこたえました。

「ずっとむこうのちいさなまどに、やせっぽちのぬいもの娘がみえます。
だんろには火がなく、さむくててがふるえているのに、
ぶとうかいのためのドレスに時計草のししゅうをしている。
わたしの右のひとみにはまっている宝石をとり、あの娘にとどけておくれ。」

「おうじょさま、わたしにはそんなひどいことはできません。」

「つばめさん、つばめさん。小さなつばめさん。
わたしの命じたとおりにしておくれ。
わたしはあの娘がかわいそうでならないのです。
宝石があれば、あの娘はだんろのまきをかうでしょう。」

つばめはしかたなく、おうじょのひとみの宝石をつつきはずし、
町のはずれまで、すいーっととんでいくと、
つかれてうたたねをしていた娘のそばに、そっと宝石をおいてやりました。

259 >> March 2005

あくるひの夜、エジプトへ旅だとうとするつばめに
またおうじょがはなしかけました。

「つばめさん、つばめさん。小さなつばめさん。
もうひとばんとまってくれませんか。
町のはんたいがわにあるやねうらべやに、夢みるひとみをした若者がみえます。
げきじょうのしはいにんのために、あたらしいきゃくほんをかいているのに
たべものをかうお金もなく、くうふくで目がまわりそうなのです。
わたしの左のひとみにはまっている宝石をとり、あの若者にとどけておくれ。」

「おうじょさま。わたしにはできません。
そんなことをしたら、あなたはなにもみえなくなってしまいます。」
そしてつばめはなきはじめました。

「つばめさん、つばめさん。小さなつばめさん。
わたしの命じたとおりにしておくれ。
宝石があればあの若者はたべものをかい、しばいをかんせいさせるでしょう。」

つばめはあきらめて、おうじょのさいごの宝石をつつきはずし、
若者のもとへととんでゆきました。

こうして目がみえなくなってしまったおうじょをのこして
ひとり旅だつことが、つばめにはどうしてもできませんでしたので、
つばめはおうじょのそばにいつまでもいようとこころにきめたのです。

それからはつばめはまいにち、おおきなまちのうえをとびまわり、
まちでみたまずしいひとびとのことをおうじょにはなしてきかせました。

「わたしのからだの金ぱくをはがして、かれらにあげてください。
いきているひとはみな、金があればしあわせになれるとおもっているから。」

つばめはおうじょのからだの金ぱくをすこしづつはがしては、
町をとびまわってまずしいひとびとにとどけました。

やがてゆきがふってきて、きびしい冬がおとずれました。
つばめはどんどんさむくなってきましたが、それでもはなれようとしませんでした。
こころからおうじょを愛していたからです。
でもとうとうじぶんは死ぬのだとわかり、つばめはささやくようにいいました。

「さようなら。愛するおうじょさま。あなたのてにキスをしてもいいですか」

「あなたはとうとうエジプトにいくのですね。
キスはくちびるにしておくれ。わたしもあなたを愛しているから。」

「わたしはエジプトにいくのではありません。死のいえにいくのですよ。」

つばめはおうじょのくちびるにキスをすると、
おうじょのあしもとへとおちてゆきました。

そのしゅんかん、像のなかできみょうなおとがして
おうじょのなまりの心臓はまっぷたつに割れてしまいました。

260 >> March 2005

あくるひの朝、町のおやくにんがひろばへやってきたとき
こうふくのおうじょが、すっかりかがやきをなくしていることにきがつきました。
そしておうじょのあしもとには、冷たくなったつばめがよこたわっているのでした。

「おやおや、このおうじょはなんとみすぼらしいんだ。
こんな像はとかして、あたらしくてりっぱな市長の像をつくろう。
それに、ひろばで鳥がかってに死んではならないというきそくをつくらなくては。」

おうじょはせいてつじょのろにいれられましたが、
なまりでできた割れた心臓だけは、どうしてもとかすことができませんでした。
おうじょの心臓と死んだつばめは、いっしょにゴミすてばにすてられました。

天からこのようすをみていらっしゃったかみさまは、
天使をひとりおよびになり、
「あの町でもっともとうといものを2つもっておいで。」
とおっしゃいました。

天使は町におりていき、ゴミすてばのなかから
おうじょの心臓と死んだつばめをえらんでもってきました。

かみさまはニッコリなさっておっしゃいました。

「おまえはよいものをえらんだね。
おうじょとつばめを天の庭へまねき、
ずっとしあわせにくらせるようにしよう。」

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オスカー・ワイルド著「こうふくなおうじ」より
翻案・省略・加筆しました

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